その件は、未だ迷宮入りです。

ぽくぽく走ったり、カレーを食べたりします。知らんがな、のことしか書いてないです。

憂い。(おおさまのー耳はー……)

とかくこの世は生きづらい。
どの時代でも言われてきたことだと思うけど、ここんところはマジで耐えられない。あたまがおかしくなりそう。

悪意に満ちたものが、過去も今も未来も綺麗で正しくて一点の曇りもないものを求めている。そしてそうじゃないものをすべて排除しようとしているのがとても恐ろしい。
間違いが排除され続けると、ほんとうに世界にはなんもなくなってしまう。
(強い想いがあり排除するだけの目的ならまだマシなのかもしれない。それは単にひとつの手段だったり、面白半分の暇つぶしだったりするんだからタチが悪い)

憂いてることは、次の2点。
過去にひとつでも間違いがあれば、今がどうあれ再起不能になること。それがまかり通る世界になると、あたりさわりのないものしか生み出されなくなること。

もう、絶望しかない。
その上間違いの判定もその瞬間だけのクリアではダメなのだ。生きている限りの未来も想定しないといけないのだ。(死んだら「当時の時代背景を考慮し、原作ママでお送りしています」なんて注釈をつけられて、逆に美化され評価されるという大逆転が待っているかもしれないが)それって、無理ゲーじゃないだろか。

習字(硬筆)を習ってた小さい頃、消しゴムを使ったらめちゃくちゃ怒られた。当時は「間違ったら普通消すでしょ!何が悪いの?」と納得できなくて、程なくして辞めてしまった。大きくなってこの話を誰かにすると「間違った線がわからなくなるから、もとの線は消さない方がいいとされてるよ」と言われてものすごく腑に落ちた。失敗の軌跡を次の失敗回避に活かすなんて考えもしなかったという話。

間違いや失敗は許容され、取り返すことができる世界で生きていたいなあ。無理なんかな。無理なら、私この世界で生きていく自信は全然ないわ。

あと、気に食わない奴を次々に消していったら、そのうち自分も消されますよ。


※個人の感想です。この思考を他人に押し付ける意図は全くありません。ただ気が狂いそうなので、吐き出したかったまでです。